景色2
1年の教室は南校舎の一階にある。
ここの校舎は北と南に分かれており、主に北校舎に特別教室、南に教室。といった具合で割り振られている。
ちなみに南校舎が三階建て、北校舎が四階建てだ。
その二つの校舎間を、東西にある二つの渡り廊下が繋いでいる。
隣接された第二体育館を伝っても通ることが可能だ。
余談だが第二体育館の前にあるのが第一体育館。
先ほど俺達が長ったらしい話を無理やり聞かされた(まあ聞いてなかったけど・・)場所だ。
とりあえず俺が把握した校舎の構造は取りあえずはこんな所。
そして、東側渡り廊下のすぐ隣の(西側の)教室が15HRとなっている・・・
今は丁度SHRの最中。例にもよって自己紹介タイムだ。
1番から順に立ち上がって出身中学、名前、一言、思っていようが無かろうがとりあえず社交辞令での「ヨロシク」を述べていくと言うどうしようもないものだ。
担任教師は初老の男性。白髪が目立つが禿げは見当たらない。
細身の体で丸眼鏡を掛けている、外見に似合わず声は鋭い。
担当は・・・・たしか社会だった気がする
この手の教師は話が長い、と思いきや意外にも簡潔に自己紹介を述べた後すぐに必要な物を配り、必要なものを集め、そしてこの「どうしようもない儀式」に入った
「―――これからよろしくお願いします。」
巻き起こる拍手。
気がつけば俺の番までもうすぐだった、目の前の女子が立ち上がる。
「南中出身の篠川未樹と言います。部活は写真部に入る予定です、よろしくお願いします。」
先ほどの少女―――篠川はさっきとは打って変わって落ち着いて話していた。
どうも人見知りするタイプではなさそうだ、さっきのはただ単に恥ずかしかっただけなのか・・・・っと次は俺の番。めんどくさいことこの上ない。
椅子を引くとしぶしぶ腰を上げる。
「須磨脩一、出身は直北です。特に言うことはありません、ヨロシクお願いします。」
微かな笑いが起こった。言うことはありません、の下りだろう。何が面白いのかわからん。
そんな感じで一周・・40人が言い終わった。
期待は消えたわけではないが、さし当たって中学時代と違う感じはなかった。
長くかかると思っていた、が、意外にも短く感じられた
そして担任の長話・・・は無く、またも簡潔に締めると今日のSHRが終了した・・・・
「ねぇ、もう何部に入るか決めた?」
終了後、席から立たずボーっとしていると篠川が話しかけてきた。
「決めた。」
「ホントに?何部?」
「何処にも入らない。」
正直に話す。
それは入学以前から決めていたことだ。
部活なんて面倒くさい、青春?それがどうした。
中学の時には美術部に所属していた。
必ず何か部活に入らなくてはいけない校則だったから一番楽そうな部を選んだ。
もっともしょっちゅうサボっていたし2年時にいたっては学校すら来ていなかったからやってない様なものだ。ただ一枚だけ絵を完成させた記憶はある。
何処にしまったっけ・・・家の倉庫かもう捨てたか・・・
「そっか・・・見学だけでもしてみたら?」
篠川のことを忘れていた、そういえば会話の途中だったな。
「いい。必要ない。」
「そう・・」
悲しそうな顔で俯く篠川、なんでお前がそんな顔をする?
お前も同情してるのか?寂しい奴とでも思ってるのか?
「お前は写真部に入るんだろ?」
「え?・・あ、うん!」
とたんに表情が明るくなった。
こうしてみるとなかなかかわいい。
「吹奏楽でもよかったんだけど・・・やっぱ写真撮りたいし・・・少人数だけどすっごく強いんだよ、ここの写真部!」
・・写真に強い弱いあんのか?
にしても写真の話をしただけでここまで笑顔になれるとは、そうとう好きなんだな。
「あ、ごめん私もう行くね。」
ふと時計を見ると慌しく立ち上がった。
「じゃあね、須磨くん。また明日。」
手を振って廊下の人ごみへと消えていった。
そっか、また明日も会うのか・・・
当たり前のことを噛み締め手を振り返す。
ここは自分を変えてくれる何かがあるかもしれない。
違う何かが見つかるかもしれない。
淡い期待を抱いて入学してきた。
その期待はまだ消えていない、膨らんでもいない。
どうなるのかは解らない。
消えていない。
それはつまりまだ持っていられるということだ。
もう少し教室にいよう、しばらくしたら校門の前で写真を撮ってる生徒や父兄の数も減るだろう。
それまで、この教室にいる。
教室から桜は見えなかった、見えるのは中庭の草木。
「ここで一年過ごすのかー」
最近独り言が多くなったと自分でも思う。
案の定、前庭にいる人はかなり少なかった。
前庭、というのは正門から校舎の間にある広場のことだ、大きな桜の木はここにある。
一部の職員と来賓の駐車場も兼ねている。
さて帰るか。
桜の木の横を通り過ぎようとしたとき、目の前に一人の男子生徒がいた。
動かずただじっと桜を見ている、上級生だろう。
保障はないがなんとなくそんな雰囲気だ。
思わず足を止める。
向こうも動く気配がない。
しばらくその体制が続いた。
頭に桜の花びらが数枚乗っかったのが分かった。
不意に上級生がこちらを向き、フッと微笑んだ。
えーっとどう返せば・・・・
基本的に、というかなんとなく分かるだろうけれど上下関係というのが今いまいちよく分からない。
同学年内での力量関係・・・に近いものなのだろうか、どうなんだろうか。
とりあえず軽く会釈で返した。
向こう何も無い。
足早に通り過ぎようとしたその時。
「君、桜好き?」
声を掛けられた。
ゆっくりと、正門へと向かっていた足を逆方向に向ける。
上級生らしき人は笑顔でこっちを見ている。
なんなんだこの人は・・・・
単純に人懐っこい性格なのか感性がおかしいのか、
恐らく後者だな、でなきゃ「桜が好きか」なんておっさんみたいな質問しないだろ。
相変わらず笑顔のままだ。
ああ、質問に答えなきゃな、
「嫌いではないです。」
好きか嫌いかはっきりは分からない、少なくとも見ていて嫌な感じはしない。
だから、「嫌いじゃない」
「そうか。」
男はちょっと考え込むような顔をし、すぐまた笑顔に戻るとまた桜を見始めた。
一体なんの意図でさっきの質問をしたんだ?
よく分からない奴だ・・・
自分が散々言われ続けた言葉を他人に対して、しかも一日に二回も別の人間に対して使うことになろうとは。
足先を再び正門へと向けると、さっきより小さい歩幅で歩き始めた。