景色1

 

 

 

学校という場所が俺は嫌いだった

 

 

 

だった、というのは不適切。嫌いだ。

 

 

 

 

そう思ったのは何時だったか小学校の時には既にそう思っていたのかもしれない

 

 

理由はわからない

 

 

 

いじめを受けたわけでも人間不信になったわけでもない

 

 

ただ学校に行き、何の役に立つかわからない知識を学び、会いたくもない奴ら(嫌い、というのとはまた違う)と過ごす。

 

 

それがなんとなく―――本当になんとなくだが―――

 

 

たまらなく嫌いなのだ

 

 

 

中学二年生のころ、俺は学校に行った記憶がほとんど無い

 

 

不登校とも登校拒否とも

 

世間は言うのだろう

 

 

 

よく担任の先生がうちに来ては必死に俺を説得したのを覚えている、

 

まだ新任の若い女の先生だ。

 

 

 

悩みがあるなら言ってね

 

 

力になるから

 

 

先生は味方よ

 

 

何が不安なの

 

 

大丈夫よ

 

 

心配要らないわ

 

 

そんな台詞を必死になって言っていた

 

 

俺が友人と揉めたとか勉強が嫌いだとかそんな理由で学校に来てないと思ったのだろう。

 

 

 

先生、俺は別に何も不安じゃない、怖くも無い、だから俺の好きにさせてくれよ

 

 

 

そう告げると先生は悲しそうな顔をして一言「わかった」というと帰っていった。

 

 

 

 

夜、父に怒鳴られた。母は泣いていた。

 

 

 

 

 

どうして

 

 

何がそんなに不満なんだ

 

 

 

何がそんなに悲しいんだ

 

 

 

俺は身勝手かもしれない。

 

いや、そうなんだろう

 

義務教育なのだ、学校に行くのが当然だ

 

 

でもだからってなんでそれで悲しむ?

 

 

友達と遊べなくて可哀想

 

 

皆と一緒じゃなくて可哀想

 

 

そう思ってるのか?

 

 

 

別に俺は何も辛くない、何も惨めじゃない

 

 

 

だけどどうしてそう哀れむ

 

 

 

人と同じことが幸せだと思っているのか?

 

 

 

俺が不幸なのか?

 

 

 

 

 

 

 

中二の春休み、母は泣きながら俺の部屋にやって来た

 

 

 

「お願いだから学校に行ってくれ。」

 

 

 

 

内申点が貰えないと高校進学が難しくなるから。

 

 

母はそう言った。

 

 

 

だから、学校行った。

 

 

 

親のすね齧っていつまでも生活する気は無い

 

 

 

働く気も無い

 

 

 

だからだ。

 

 

 

普通に授業を受け、普通に勉強して、地元の公立高校に入学した。

 

 

 

学力はそこそこ、だがうちの中学から入った奴は少ない。

 

 

大体はもっと上を、残りは下を受けている

 

 

そして、その入学式が

 

 

 

今日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て、桜が咲いてる。」

「ほんとだー、お花見しながらお弁当食べれるね。」

 

前を歩く女子の話し声が聞こえる。

 

はっきり言う、やかましい。

 

 

 

[県立鳥山西高等学校]

 

ここが俺が今から始まる3年間の苦行の舞台だ。

 

 

 

苦行、と言った。

 

 

だが期待してはいる。

 

 

 

もしかしたら、学校を楽しいと思えるようになるかもしれない。

 

 

そんな思いも無いわけではないのだ。

 

 

だからこそ楽しみで、そして嫌いなのだ。

 

 

 

体育館は校門を入って右側にすぐ見えた、

 

 

既に大量の人が集まっている。

 

 

在校生らしい人が長机の前で出席を取っていた。

 

 

 

さて、俺はどうすればいいんだ・・・・

 

 

 

机に垂れ下がった紙を確認し、目的の場所へと足を運ぶ。

 

「おはようございます。」

 

在校生・・いや、先輩になるのか・・は爽やかな笑みをこちらに向けてくれた。

 

「直北中の須磨脩一ですが・・・」

 

 

「おめでとうございます。えっとー須磨脩一・・・15HR21番ですね。」

そういうと椅子から腰を浮かせて胸にワッペン・・・リボンって言うのか?とにかくバラのようなリボンのようなものを付けてくれた。

 

「どうも。」

 

 

軽く会釈をすると邪魔にならないよう人ごみから抜け出す。

 

体育館の中はピッチリ敷かれたシートの上にパイプ椅子が綺麗に並べられていた。

 

来年は俺がこの作業をするのか・・・・

 

 

 

入学そうそう何考えてんだ!

 

 

突っ込みが聞こえたが心の中での話だ。

 

 

そもそも口に出していないのだから他者の突込みが入ったら逆に怖い。

 

 

 

なんて下らないことを考えつつ、自分の席を探した・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

席を見つけるのに時間は掛からなかった。

 

 

HR大きな看板に書かれていて、その後ろにずらっと並ぶ椅子の後ろには番号が振られていた。

 

15HRと大きく書かれた看板のエリアに近づく、まだあまり人は集まっていないようだ。

 

 

(えーっと21・・21っと)

 

椅子の後ろから自分の番号を探す。程なくしてそれは見つかった。

 

 

 

だがその席には既に人が座っていた。

 

 

(見間違えたか・・・?)

 

もう一度確かめてみる。

 

 

確かにその椅子の右隣には20と振られた椅子があり左隣には22と振られた椅子が確かにある。

 

そして15HRと書かれた看板は確かにこれらの椅子の前にあった。

 

(っとするとこの娘が間違えてんのか?)

 

自分の目の前、21の番号が振られた椅子に座っている少女、

後ろからなので顔はわからないが恐らく顔見知りではないだろう。

 

 

背は高くなく黒髪のショート。

よくいそうな女の子だった・・・

 

(どうするか・・・・)

 

どうするもこうするも話しかけるしかないだろう、

少女は先ほどから特に動いていず、間違いに気づく気配もない。

 

というかまずこちらに気づいてすらいない。

 

仕方ない・・・

 

人初対面の人と話す・・もとい人とのコミュニケーションがあまり好きでは無い。

 

話さずにいられるならそれが一番だがそうも言ってられない状況だ

 

 

「あの、すいません。」

 

 

・・・反応が無い

 

聞こえなかったのか、自分の事じゃないと思っているのか。

 

 

「あの!」

 

 

 

     ・・・微動だにしない。

まずこちらの存在に気づいていないようだ。

 

「はぁ。」

 

まさか入学そうそうこんな面倒ごとに巻き込まれるとは。

 

これだけ言って気づかれないとなると意図的に無視しているか自分の世界に入り浸っているか・・・・

どちらにしろ面倒なことに変わりは無い。

 

 

しかし、起きてもらわねばこちらも困る。

 

「どうするか・・・」

 

肩を叩こうか・・・いや、初対面の女子に触れるのはあまりいい気がしないし、

余計面倒くさいことになりそうな気がするから止めとこう。

 

しばらく考えた後、椅子の背もたれを掴むと軽く前後に揺すってみる。

 

 

前の少女の首はゆっくり前後運動を繰り返したのち、カクン、と前に垂れた。

 

 

 

これは・・・・もしや・・・・

 

 

 

前に回って確かめてみると予想どうり、その子は眠っていた。

 

 

あんなピシッとした姿勢でよく眠れるな・・・てか寝てたって普通気づくだろ・・・

 

 

なんだか馬鹿馬鹿しくなって目の前で爆睡している少女の肩を掴むと激しく揺さぶってみる。

 

後からギャーギャー騒ぎそうな奴には見えないしこの場合確実に向こうサイドが悪い。

 

 

「ん・・・」

眠り姫がゆっくりと目を覚ました・・・

 

「あの・・・ここ、俺の席なんですけど・・・」

 

すかさず状況を伝える。

 

     ・・・伝わったか?

 

 

「は・・・あ・・・・え・・・・・ええええええ!」

 

突然素っ頓狂な声を発すると背もたれの後ろに書かれている番号を確認し始めた少女。

 

「ああああ、あ、え、お、す、すみません!!」

言うや否やさっと右に移動した。一つ間違えていたらしい。

 

 

その席が本当に彼女の席ならの話だが・・・・

 

 

顔を赤くしてカチコチになっている出席番号20番(不確定)の少女。

その隣、21番の席にゆっくり腰を下ろす。

 

 

沈黙が流れる

 

「えっと・・・・」

少女の口が開く、

人見知りするのか先ほどの出来事を引きずっているのかかなりぎこちない。

「ど、どこの中学校ですか・・・?」

若干文法がおかしかったが言いたいことは伝わった。

「直北。」

そう答えて頬づえをついた。

「そ、そうなん・・・ですか・・・あ、私は南中です。」

 

再び会話が止まる。

 

向こうの方は何か必死に話題を探している風だった

苦手なら無理に話さなくてもいいだろうに。

間を持たせるとか場の空気とか、そんなものばかりに気を取られ神経削っていたら意味ないだろ。

話したければ話す、無ければ話さない。それで何が悪い?

 

 

「えっとー・・・あの・・」

 

式まではまだ時間がある。

さっきの少女がまた重たい口を開いた。

 

「ご・・・ご趣味は・・」

 

見合いか。

 

心の中で突っ込みを入れる、なんでいきなりそこに入ったんだ。

他にもいろいろ聞くことあるだろうに

・・・・向こうは俯いたまま

何も言おうとはしない

 

また沈黙

ただ、そこで気が付いた。

 

・・・俺の返事を待ってるのか・・

 

 

 

「特に無い。」

だいぶ間が開いた答えだった。

だからてっきり理解するのに時間が掛かると予想していた、が、向こうは聞いた途端表情が変わった。そこに間は無かった

「そうなんですか・・・あ、わ、私は写真が趣味です。」

「へぇ・・」

写真か・・珍しいな。

今時、しかも女子でカメラが趣味というのは中々いないはず、

少なくとも俺が会ってきた女子の中には居なかった。

恐らく写真部希望だろう、この学校に写真部があったなら。

 

部活などはなからやる気は無い。

 

中学は強制だったため止む無く美術部を選んだ。

これは俺の感性的な問題なのだろうが

楽しいとは思えなかった。

 

言葉の無い俺に、尚も少女は話しかけてきた。

「えーっと・・それで、その、あの・・・」

しかし緊張してるのか焦っているのか何なのか全く言葉になっていない。

「こ、・・・この・・・このえとあれの・・・」

「名前。」

そう、まだコイツの名前も知らない。

言葉は自然に口から出ていた。

 

突然口を開いた俺に少女は多少驚いた風であった。

 

貴重だな、俺が自分から話題を振るなんて滅多に無い事だぞ?

 

「須磨脩一。」

そう一言だけ言う。

 

少女のほは一瞬何が起きたか解っていなかった・・・ようだった。

が、直ぐに

「あ、私は篠川未樹って言います。よろしく。」

そう言って微笑んだ。

 

小動物を思わせるな、と思った

 

 

体つきが小柄なのももちろん、パッチリした目だとかひ弱そうな雰囲気だとかがそう思わせた。

 

 

また沈黙が起こった・・・・

 

 

 

 

 

式が始まった。

 

 

校長やら関係ないような地域のお偉いさんが心にも無い紙に書かれた祝いの言葉を淡々と

述べる中、ふと篠川のほうを見た。

 

 

さっきと同じような、背筋を伸ばした優等生のような姿で、彼女は寝ていた。

 

 

 

(よくわからない奴・・・)

 

今まで自分が言われ続けてきた言葉を始めて他人に対して使う。

 

 

 

 

ボールが当たらないようにするためか、体育館の窓は高いところあった。

 

昇降口の前にある、大きな桜の木。

 

その木の枝が丁度見えた。

 

満開とまではいかなかったが、少なくとも俺自信は

 

 

綺麗だと思った。