景色4

 

 

「おはよう、脩一。」

 

味噌汁を配膳しながら母が言う。

 

 

「・・・おはよう。」

 

 

机の上に並べられた朝食は二人分だ。

 

「父さんは?」

「出張。明日まで帰ってこないそうよ。」

 

そういえば夕べそんなこと言っていたような言ってないような、

 

どっちでもいい。

 

そんなことを考えている間に配膳が完了したようだ。

 

ご飯、味噌汁、ハムエッグ、あとは野菜が少し。

 

うちの最も基本的な朝食パターンだ。

 

「いただきます。」

 

母が席に着くのを待って食べ始める。

会話は無い。

 

 

 

「・・・・・どう?学校。」

 

 

味噌汁を飲み終わろうかという時、母が聞いてきた。

 

 

「どうって何が?」

 

「たのしい?」

 

「楽しくはない。」

 

率直に答える。

 

「そう・・・」

 

とたんに表情が曇る母。

心配性だな。

 

 

いや、不登校の実績があるんだから当然か・・・

 

残りの食事を口の中に詰め込むと立ち上がって

 

「ごちそうさま。」

 

 

と、だけ言って階段を昇って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身支度を適当に済ませ、カバンを持つ。

 

「はい、これお弁当。」

 

手渡された包みをカバンに入れてドアノブを持つ。

 

「行ってらっしゃい。」

 

手を振る母、毎朝毎朝玄関まで見送りに来るのだ。

 

以前理由を聞いたら、父さんにもそうしてるから、と答えていた。

 

 

ドアノブを握る手に力をこめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も学校へ行く・・・・・・

 

当たり前のことだ。

 

 

 

 

だが俺はその当たり前を理解するのに随分と時間が掛かってしまった。

 

 

いや、今でも理解などしていないのかもしれない。

 

 

「行ってきます。」

少なくとも、今いえるのは

 

 

 

 

 

あまり行きたくはない場所だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学当初、満開だった桜は散り始めてきて

 

花の間から徐々に若葉が芽吹いてきて、花の色と上手く調和している。

 

 

個人的に言わせてもらえば、満開よりもこの時期の桜の方が好きだった。

 

 

 

 

「あ、須磨くん!」

 

 

不意に声がした。

 

 

振り向けば一人の少女が自転車を引きながらこっちに向かってくる。

 

その顔を見た瞬間自分の表情が渋くなるのがわかった

 

 

名前は篠川未樹。  

入学式の日、一番最初に俺と言葉を交わした人物であり、以来俺に積極的に話しかけてくるようになった。

 

 

 

「おはよ、今日は早いね。」

「そうか?」

「うん、だっていっつも結構ギリギリでしょ?」

「早くいったってすること無いだろ。」

 

別にコイツのことが嫌いなわけではない。

 

「あるよー、そういうときに友達の輪とか広げるんでしょ?」

「そうする必要性が無い。」

「相変わらず冷たいねー。」

 

他人と積極的にかかわりたくないというのとも無いわけではないが、

 

コミュニケーションはあくまで面倒くさいだけであって嫌いじゃない。

 

ただ・・・・・

 

「そういや篠川ってチャリ通だったのか?」

「ああ、うんそうだよ。あ、そういえば須磨くん、質問なんだけど。」

来た・・・・

「写真って携帯で済ませちゃう人?それともデジカメ?」

 

 

「写真自体撮らん。」

「あ、それともちゃんとしたカメラで取る人?この場合使い捨てカメラもそれに入るから。別にインスタントカメラがちゃんとしてないってわけじゃぁないんだけどフィルム・・・」

 

 

コイツは写真好きだ

 

かなりの写真好きだ

 

写真について語り始めると急にテンションが上がる。

 

 

こっちの話も聞かないしヒートアップしてくると声もでかくなるし身振り手振りも大きくなってくるから正直うっとうしいと言うのが本音だ。

 

おまけにこっちはなんの話をされているのかさっぱりだ。

 

「ねぇ、聞いてる?」

「聞いてない。」

「ちゃんと聞いてよー!んでね、いくら化学が進歩したといってもデジタルカメラや携帯電話が限界があると思うの、しかも携帯なんて本来撮影するための道具じゃないんだからそれで満足するのはやっぱりおかしいと思わない?悪いって訳じゃないんだけど、もちろんちょっとした撮影にはいいと思うよ、でもさ、綺麗な夕焼けとか大事なイベントとかそういうのまで携帯電話で撮るのはもったいない気がするの。デジカメはまだ撮影が目的とされているからいいんだけど、でもやっぱり一番はフイルムカメラよ。みんな面倒くさいって言うけどやっぱりフイルムはね・・・」

 

これだけはやめてもらいたい。

 

趣味を否定する気は無いが他人に求められても困る。

おまけに

 

「あ、そうそう、この入部届けに判子押してくれない?」

 

強制的に写真部に入部させようとしてくる。

 

 

「なんどもいうが俺は何部にも入らん。」

 

部活なんて真っ平御免だ。

 

「ちぇー・・・あ、そうそうそれでさっきの続きなんだけど・・」

 

 

 

コイツは俺の前の席だ。

 

 

この分だとSHRが始まるまでずっとコイツのカメラトークを聞かされ続けるんだろう・・・

 

 

「はぁ・・・」

思わず息を吐く

 

 

ため息をつくと幸せが一つ逃げるんだよ?

頭の中で謎の妖精が言ってくる。

 

ため息つく時点で逃げるだけの幸せがあることなんてあまりないから安心していいぞ。

 

 

やっぱ早く来るんじゃなかったな。

 

 

でも・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

午前中の「退屈な」授業が終わった。

科目は体育、現代文、世界史、英語。寝てくれと言っているようなものだ。

おまけに体育は持久走だ。毎度毎度思うのだが学ぶための場所に体を動かす要素は必要ない、運動なんてしたい奴だけしていればいい。

 

前の席を見ると篠川はどこかへ行ったようだ。他のクラスで弁当を食べるのだろう。

 

 

クラスの奴らは適当にグループで集まって食事を取っている。

 

当然俺にはそんなものには所属していない。

 

自分のその席で弁当を広げると食べ始め・・

 

「須磨脩一くぅぅぅぅぅぅん!!」

                                    

突然名前を呼ばれた。

 

後ろから物凄い勢いで誰かがやってきたと思うと目の前に立ち、机に両手のひらをバン!と叩きつけると

 

「一生一世一代一度オンリーのみのお願いだ!百円貸してくれ!!」

 

よくわからない文法が教室中に響き渡った・・・・

 

 

「・・・誰?」

 

 

「ちょおおおおおおおっ!誰はないでしょ!もうそんな期間はとっくに過ぎ去ってるよぉ!!そりゃクラス全員のメンバー把握しろとまでは言わなくても『ごめん、まだ名前覚えてないんだ』ぐらいはいってほしいなぁもう。」

 

今日は海苔弁当だった。二段かどうかは解らないが個人的に鰹節が入っているののほうが好き

「きーーーーーーけぇぇぇぇぇーーーーーー!!!!いいか、俺の名前は有野出雲(アリノイズモ)だ!忘れるなよ!」

 

そうか、そういう名前だったのか。

 

やかましい奴がいるなぁとは思ってはいたが絶対にかかわりたくないと思っていたので名前なんて把握していなかった。

 

「んでさ、本題に入らせて頂ますとですねぇ・・・・ゴホン。100円をお貸し頂けないでしょうか。」

「いやだ」

「即答!!!!!?せめてもう少し悩みたまえよそれでも青少年かぁぁぁぁ!!!」

騒がしい奴だ

意味が解らないし・・

 

やはり関わりたくない。

 

 

 

「な、頼むから。100円だけでいいから。弁当を忘れたんだよ、購買で買おうにも今俺は無一文だ。ここで食べなきゃ俺は部活まで乗り切れねぇ。」

「知ったことか、他を当たってくれ。」

「当たったさ!総当りだ!!このクラスで君以外の人には全て頼んだ!」

 

・・・それだけ頼んで何故誰も貸さないのだろうか・・・

 

ひょっとしてコイツ借りた金返さない奴なのか?

 

 

「と、いうわけだ、頼むから貸してく・・・」

 

言ったところで言葉が途切れた。

 

後ろから腕が伸びてきたと思うと有野の首を締め上げる

 

「いー加減諦めろって!須磨、迷惑掛けたな。」

「・・・・誰だ?」

有野をヘッドロックし続けている男子

同じクラス、というのまでは分かるが名前まではしらん。

 

「手厳しいねー須磨くん。俺は池列一輝(イケツラカズキ)。コイツの世話係。」

そう言って腕に力を入れる池列。有野がよく分からない擬音語を発した

 

「気にしなくていいぞ、コイツはそういう奴だから。」

「・・ああ・・」

「またなんかギャーギャー喚くかもしれねーけどスルーしていいから、まあ須磨基本なんでもスルーしそうだけどな。」

 

当たっている

 

癪に障りそうな言葉だが池面の口調には嫌味というか相手を馬鹿にした調子が一切ない。

自然と平静でいられた

 

 

それと、言い忘れたがこいつはイケメンである。

 

現に今も女子の視線がいくつかコイツに注がれている。

 

悲しいことに顔面蒼白で苦しそうにしている有野に送られる視線はひとつも無い。

 

「じゃーそういうことで。」

そう言って腕の力を緩めることなく池列は去って言った。

 

「有野君死んだんじゃないかな?」

周囲の女子が何気なく言った

 

心のそこから同感だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の気だるい授業が終わると次はSHR

 

荷物は既にまとめてある。

 

立ち上がり、号令を言い終えた瞬間教室後方の出口へと急いだ。

 

だが、間に合わなかった

 

 

「須磨くん、ちょっといいかな?」

 

俺の二の腕を白くて細い手が掴んでいる

 

その手の先には篠川が笑顔で立っていた。

 

「ちょっと付き合ってくれない?」

「無理だな。」

必死で掴まれている右腕を動かそうとする。

「そんなこと言わずにちょっとだけー、ね?」

「塾がある。」

もちろん本当は無い。

そしてそんな理由でコイツが引き下がるはずも無い。

「大丈夫だって、ちょっと二、三枚写真見るだけだから。」

「そう言いつつその中の写真を巧みな話術を使って高額な代金で売りつけるもしくは強制的に入部させる気だろ?キャッチセールスでありがちな手口だ。」

さっきから右腕はビクともしない。

写真部にはもったいない握力だ。

「そんなことしないよー。」

そう言って右腕に掛かる圧力がさらに増す。

下手をしたらこのまま右腕が再起不能になるんじゃないだろうか・・・

「ね?来てくれる?」

本気だ・・・こいつ目が本気だ。

 

「あのな、何度も言うけど俺は写真部になんか入らないぞ?」

「わかってるよー、だからみてほしいだけだってば、写真を。」

 

あやしい・・・

非常にあやしい・・・

 

「先輩も待ってるんだからさー。」

 

なるほど・・先輩も待ち構えていると

 

ますます行けない。

 

「大体なんで俺なんだ?他にも帰宅部の奴はいるだろ?」

すると篠川は一つ、ため息をつくと

「そんなの決まってるよ。須磨くんはきっと万人に訴えかけるような素晴らしい写真を撮ることができる天性の才能と運を兼ね備えたスーパーカメラマンになれる素質があるらしいの!」

「らしいって何だ!!」

「えーっと・・・・なれそうな気がするの!」

 

そんなあてずっぽうで俺を巻き込まないで欲しいんだが・・・

 

「だから、ね?」

しかしこのままじゃどういっても引きそうに無い

 

仕方ないな・・・・

「・・・・・わかったよ。」

「本当!?」

「ああ。ちょっとだけだからな。」

「やったー。」

そう言ってようやく右腕から手が離された。

 

 

篠川・・・・お前はまだ、俺という人間を知らなかったようだな・・・・・

 

 

 

腕が解放された途端ダッシュで教室を出る!

 

生徒の波を掻き分け無我夢中で走り出す。

 

 

悪く思うな篠川・・・・

 

多少良心が痛んだがそんな痛みを気にしていたら俺は今頃写真部に強制加入させられていたに違いない。

 

 

しばらく走ると人気のない廊下へ出た

 

どうやら理科室の前らしい。

 

「ふー・・」

壁にもたれかかるとそのまま腰を下ろす。

やはり運動は嫌いだ。

 

しかし、篠川も篠川だ。

 

もう勧誘期間は終わったというのに未だにしつこく勧誘をしてくるのだから、

部活を大切に思うのは分かるがもう少し相手の気持ちを「お、須磨じゃないか。」

 

 

 

 

 

今、物凄く嫌な声を聞いた気が

 

 

 

どうする?

 

 

俺の脚はいま午前の体育とさっきのダッシュで疲労が溜まっている

 

走ったところで追いつかれる

 

篠川のように出し抜くことも難しいだろう

 

 

 

「入る気にはなったかい?演劇部に。」

 

未だに勧誘を続けるしつこい奴がもう一人居たのを忘れていた

 

 

この男、三年の遠島利之(エンドウノリユキ)

 

高い背、広い肩幅、およその運動部が望む恵まれた体格を持つこの男が所属するのは文化部・・・しかも演劇部だ。

 

「やりませんよ、演劇なんて。」

 

こともあろうにしつこく俺を勧誘してくる

 

俺を、だ

 

「なんて、とは心外だな。こっちは真剣なんだぞ?」

 

怒りぎみの口調で遠島が言う。が顔は笑ったままだ

 

「人前で何かやるのは苦手なんです。」

「みんな最初はそういうもんだ、大丈夫すぐ慣れるさ。」

「慣れたくありません。」

正直イライラした

 

人前に出てなにかやるなど考えられない

ましてや劇など

 

中学のとき、どこかの劇団が来て公演をやった

内容は確かに面白いとおもったがそんなことを自分がやれるなんて

 

やろうなんて微塵も思わない

 

「解れって言うのも無茶かもしれないが、楽しいもんだぞ?案外。見学だけでも来て見ないか?」

 

 

答えなかった

 

 

背を向けると早足で歩き出す

 

「あ、ちょっと待てって。」

 

遠島が横に並ぶ

 

顔は向けない、ただ足を動かす

 

「演劇なんて・・・と思うのも確かに無理は無い。だけど君には向いていると思うぞ?いや、最悪向いていなくても君はやるべきだ。」

 

なおも遠島は引く気配を見せない

 

「君みたいな自分が嫌いな人間は演劇部に入ったほうがいと思うんだ、俺は。」

 

自分が・・・嫌い?

 

 

 

ふと、足が止まった。

 

どうして・・・それを・・・

 

 

「見ていればなんとなくわかる。君は自分の事が好きじゃないだろ?」

「・・・・」

 

確かに・・・

 

 

 

変わりたいと思っている

 

 

こんな、自分から

 

抜け出したいと

 

 

 

「演劇って言うのはさ、こう・・他人を演じているんだけど・・逆に、自分を探すってことでもあるんだよ。違う自分に会うっていうのかな?」

 

・・・違う自分?

 

 

「まあ、俺の持論だから、何処まで信用しろなんて、言えないけど・・・」

 

言いにくそうに眉間を掻きながら真っ直ぐ俺の目をみた

 

 

「変わりたいとは思わないか?」

 

 

長い長い沈黙が流れた

 

 

目に映ったのは桜だった

 

入学式のあの日、見た

 

 

ただ、あの時と違うのは緑色の葉がちりばめられていることだった

 

 

「失礼します。」

 

遠島から目を背け歩き出す

 

一歩一歩

 

強く踏み出す

 

 「変わりたいとは思わないか?」

 

 

 

さっきから頭の中でこだまする

 

 

言葉を振り払おうとして